ケガを予防すること
「群盲象を評す」というインド発祥の寓話1)があります。
6人の目が見えない男たち(盲人)が、象のことを知りたくて、みなで象の身体を触り観察することになりました。
1人目の盲人は象のお腹を触り、象とは「おおきな壁のようだ」と説明します。
2人目の盲人は、象の牙を触って「丸くてなめらかで鋭い槍のようだ」と驚きます。
3人目の盲人は、象の鼻を手でつかみ、「まさしく蛇のようだ」と話し、4人目の盲人は、膝から下の足の部分を触って「いや大木のようだ」と否定します。
5人目の盲人は、象の耳を触り「まるで扇そのものだ」と言い、6人目の盲人はしっぽを触って「いや、縄みたいなものだ」と反論し、盲人たちは、お互いに自分の意見を主張しあって侃々諤々(かんかんがくがく)と大論争を起こします。
盲人たちはみな同じ象を触っているのに、それぞれ自分が触ったほんの一部だけを象のすべてだと思い込み、互いに意見を譲り合うことありませんでした。
象という動物がどんな姿か知っている私たちは、盲人たちの主張がみなちょっとだけ正しいけれど、象の全体を説明したものではないことがわかります。物事の一部や人物の一面を知っただけで、その全てを理解したと錯覚してしまうことの例え話です。
スポーツ活動をしている皆さんのなかには、ケガをしたあと「よくなったけどまた痛みが出てしまった」とか、「安静にして、治療をしているけどなかなかよくならない」という経験した方が少なからずいると思います。
スポーツによるケガには、1回の外力によって生じる「外傷(がいしょう)」と、スポーツ活動による繰り返し動作によって痛みが生じる「障害(しょうがい)」の2つがあります。
障害には、関節周辺の筋肉や腱、靭帯、その付着部の痛み、疲労骨折などが挙げられますが、これらの痛みの原因は、体幹機能の低下であったり2)、痛みが生じた部位と離れたところで関節や筋肉が正しく機能していないこと(機能不全)だったりします3)。
さらに痛みの原因は普段の食事や、睡眠(休養)、勉強やゲームをしているときの姿勢など、スポーツ活動とは関係のない、その人の生活習慣に潜んでいることもあるのです。
右肘に痛みを生じたある野球選手は、何カ月もずっと我慢していた左膝の痛みのせいで、投球時に左下肢へ十分な荷重ができなくなり投球フォームが崩れたことが原因だったり、股関節が痛み出したあるサッカー選手は、数週間前から急に始めたあるトレーニング方法に原因があったり、足の痛みを繰り返していた陸上選手は、じつはお肉が大嫌いで十分な栄養が摂れていなかったり・・・。
障害によって生じる痛みは、正しく機能しなくなった身体のほんの一部を見ているだけで、その原因となる問題を解決させてあげなければ、痛みが再発したり、いつまでたっても改善しない可能性があるのです。
スポーツによるケガを治療し、その後のケガを予防することはとても重要ですが、痛みが生じた一部分だけをみるのではなく、全身を評価して、さらにその人の日常をとりまくすべてを理解し、評価していかなければケガの予防はできません。
だからケガの予防はとても難しいと思うのです。
1)The poems of John Godfrey Saxe
2)Kellie C Huxel Bliven. Core stability training for injury prevention. Sports Health. 2013 Nov;5(6):514-22
3)Gian Nicola Bisciotti Karim Chamari et al The conservative treatment of longstanding adductor-related groin pain syndrome: a critical and systematic review Biol Sport. 2021 Mar;38(1):45-63.
▶︎ こちらの記事は長野県のスポーツを応援するWEBマガジンSPOCOLOR(スポカラ)にて連載しているコラムを掲載しております。